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故郷の花たち 4連休の3日から車で主人と二人、故郷岡山県高梁市で一人暮らす私の実家に帰省して来ました。山々の新緑や季節の花たちが沢山咲いて、気持ち良い帰省でした。珍しい花は有りませんが故郷の風景、お付き合いくださいね。最後の6日の朝は、寒いくらいでしたが、日中は、すっかり真夏でしたね。(*^_^*) それでは、お見せしますね。↓ 車で20分程走った所にある神楽大橋の藤棚が見事に満開でした。山には、この辺では見られない藤があちこちの山々できれいでしたよ。(*^_^*) ここからは、実家の花たち、昨年夏に天国に旅立った父が植えた花達が元気に咲いてくれました。(*^_^*)最初は、紫モクレンですが、木も古くなり、花が小さくなって育ちも悪い様です。 父が開花を楽しみに大事にしてたシンピジュウム、天国の父を悲しませてと、昨年11月頃帰省した時に母と一緒に植え替えてやったところ、見事につぼみを付けてくれました。4鉢の内の一鉢です。見事に沢山のつぼみが出来ていました。嬉しい瞬間でした。天国の父に嬉しい報告が出来ました。(*^_^*) オオデマリも沢山の花が
黒猫日記!!ゴッホが黒猫を消していた〜〜〜!? リサイクル、古本、ネット系オークションでプロを目指す方に!こちら↓↓↓は全部ただなのです! お奨めーーーネット系古物商、せどりに関する貴重な情報はこちらから!!人気ブログランキング!! 本日の記事はオークションとかあんまり関係なくてすいませんが、まあ。。。さらっとお流しいただきますよう。。。 実は記事のネタなんかないかな〜〜みたいなことでヤフーニュースの記事を流していたんですが一瞬自分のことかと凍りついたような。。。良く読めば。。。他愛もない。。。 <ゴッホ>黒猫はどこ? 「ドビーニーの庭」を最新分析で調査 黒猫の大好きな 毎日新聞様 微量のX線を放射してゴッホが描いた「ドービニーの庭」を分析する吉備国際大の下山進教授=広島市中区のひろしま美術館で2008年6月15日午後2時39、竹内紀臣撮影 ひろしま美術館(広島市中区)が所蔵するゴッホの絵画「ドービニーの庭」(1890年)に、後で塗りつぶされた黒猫が描かれていた可能性が高いことが、吉備国際大(岡山県高梁市)の下山進教授が15日に行った調査で分かった。ゴッホはこの作品を2枚描いたが、スイ
成羽町美術館&庭園 今日は、岡山県高梁市の成羽町美術館(建築家 安藤忠雄さんの設計)で開催されている、'''『細川護熙 数寄の世界展』'''を見に行きました。 還暦を機に政界を引退され、その後、神奈川県・湯河原に居を置き、“晴耕雨読”の閑居を理想に過ごされておられるそうです。 楽焼、信楽焼、伊賀焼、唐津焼、志野焼のお茶碗が数多く展示してありました。 その他にも書や漆芸なども。 味のある作品で、本当に作陶がお好きなんだなぁっと思いました。 こういう生活ができるのは、やっぱお殿様だからかなぁ・・・ それから、美術館から車で15分位のところにある、'''小堀遠州'''作庭園がある'''頼久寺'''へ行きました。 梅雨空で今にも雨が降りそうな感じでしたが、運良く雨にもあわず、お庭をゆっくり観ることができました。ずっと眺めていられそうなお庭でした。 途中で、川が'''もやっ'''としていて珍しい〜!と思って、カシャっと一枚。
ゴッホの黒ネコ ☆★ 微量のX線を放射してゴッホが描いた「ドービニーの庭」を分析する 吉備国際大の下山進教授=広島市中区のひろしま美術館 ☆★ つめとぎ <ゴッホ>猫はどこ? 「ドビーニーの庭」を最新分析で調査 ひろしま美術館(広島市中区)が所蔵するゴッホの絵画「ドービニーの庭」(1890年)に、後で塗りつぶされた黒猫が描かれていた可能性が高いことが、吉備国際大(岡山県高梁市)の下山進教授が15日に行った調査で分かった。ゴッホはこの作品を2枚描いたが、スイスに現存する作品には黒猫が描かれており、謎とされている。 ゴッホが自殺直前、尊敬する画家の自宅庭を描いた作品で、縦53.2センチ、横103.5セ
映画評論家・水野晴郎さんの死 ●映画評論家の水野晴郎さんが6月10日に亡くなった。 76歳だった。 肝不全だったという。 生前最後の映像が残っていたが、あの恰幅のいい以前の姿と違ってかなりやせ細り 歯切れのよかったしゃべり声も、かつてとは格段に違っていたのには驚いた。 水野さんといえば「いやあ、映画って本当にいいものですよね!」 と言う決め台詞がよく知られている。 日本テレビの「水曜ロードショー」(後の金曜ロードショー)の解説はお馴染みだった。 ●私はこの人の講演会に2度ほど行ったことがある。 もう忘れるほど前のことだが、 私自身が映画に随分熱中した頃で、講演会にも感動した記憶がある。 <映画評論家>という職業にも興味関心があったのだ。 映画の面白さや映画にかかわるようになったいきさつなどを 熱心に話してくれたように覚えている。 岡山県高梁市の出身で、両親をなくした後幼い弟や妹を抱えて 親代わりの苦労をしたということであった。 郵便局に勤めながら、休日には映画三昧だったと言っていた。 生涯独身で、最期は弟3人と妹が看取ったという。 晩年
水野 晴郎 水野晴郎さん死去、映画に情熱捧げた生涯 水野 晴郎 (みずの はるお、1931年7月19日 - )は、映画評論家、映画監督、倉敷芸術科学大学教授、大阪芸術大学客員教授。本名は水野和夫(みずのかずお)。マイク・ミズノ(Mike Mizno)の愛称でも知られている。血液型はA型。 1931年、岡山県高梁市に生まれた水野は満州で育ち、戦後岡山に引き揚げる。青年期には岡山から大阪・神戸・姫路の映画館に通っていた。慶應義塾大学文学部(通信教育課程)を卒業。元郵便局職員で、紙幣さばきの名人と称されていた。 1956年に、20世紀フォックス映画に入社し映画界に。その後日本ユナイト映画にヘッドハンティングされ、宣伝総支配人となり、1972年に独立。ユナイト映画在籍時、ビートルズの主演映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! 」や、意図的に誤字を使った「007 ロシアより愛をこめて」「 007/危機一発」などの歴史に残る邦題を考案したのも彼であるとされる
水野晴郎さんが亡くなる 「映画って本当にいいもんですね」 でお馴染みの水野晴郎さんが亡くなりました。 肝不全で76歳だそうです。 水野さんは岡山県高梁市で1931年7月19日生まれ。 幼少期は、第2次世界大戦中を蒙古、中国-満州で育った。 父が軍人で軍人への道と死ぬ事を教育されたそうだ。 戦争終結直前に士官候補生として陸軍入隊・・・・・14・5歳頃ですね。 終戦となり、母親と幼い弟3人、祖母の手を引いて約2年間、満州の荒野を彷徨うしたそうです。 そして帰国。 青春時代を母の故郷、岡山で暮らす。 夜間高校を仲間と作ってもらって学び、卒業と共に郵便局へ就職。 青年期には岡山から大阪・神戸・姫路の映画館に通っていたそうですが、この 頃なんでしょうか。 アメリカ映画に魅せられ夢中になり、24歳の時上京。 アメリカの映画会社である20世紀フォックスの宣伝マンとして入社。 働きながら慶応義塾大学でアメリカ文学を学び、江戸庶民文学研究に没頭する。 その頃お
水野晴郎さん死去 asahi.com より 「映画って本当にいいもんですね」 水野晴郎さん死去 「いやあ、映画って本当にいいもんですね」 の名セリフで知られた映画評論家の水野晴郎(みずの・はるお)さんが 10日午後3時5分、肝不全のため、東京都内の病院で死去した。 76歳だった。 葬儀は近親者のみで営み、後日お別れの会を開く予定。 連絡先はアジア・シネマ・ギルド(03・5327・5658)。 岡山県高梁市出身。地元の郵便局勤務の傍ら慶大文学部の通信教育 を受けた。 56年に20世紀フォックス映画に入社、日本ユナイト映画を経て独立した。 映画会社当時、「史上最大の作戦」「夕陽のガンマン」「真夜中の カーボーイ」などの名邦題を付けたことで知られた。 72〜97年の25年にわたり、日本テレビ系の映画番組 「水曜ロードショー」(後に「金曜ロードショー」)の解説を務め、約1200本 の映画を紹介した。 柔らかい語り口でお茶の間の人気を博した。 著書に「映画がいっぱい」など。 また、96年からはミステリー映画「シベリア超特急」シ
THE 新聞(朝刊) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ---◆ THE 新聞(朝刊)◆--------------------------------------------- ---◆ 2008. 6.12 [木] ◆--------------------------------------------- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【メルマガ紹介】 ◇◇◆◆ ◇◇◆◆ ◇◇◆◆ ◇◇◆◆ ◇◇◆◆ ◇◇◆◆ 相互PR ◆ ケチケチ大作戦 !!こんな節約法も試して下さい! ◆ 実際にやっているセコい節約法、身の回りの節約のアイデアをお知らせします。 お金の為だけでなく、物を大切にする事に付いても考えます。 今の世の中無駄が多すぎます、『もったいない』を復活させます。 こちらから登録して下さい。 http://www.mag2.com/m/0000077746.htm ◆◆◇◇ ◆◆◇◇ ◆◆◇◇ ◆◆◇◇ ◆◆◇◇ ◆◆◇◇ ◆◆◇◇ 物価高の世の中だから、節約の価値も大ですね。 興味
「映画って本当にいいもんですね」水野晴郎さん逝去 「映画って本当にいいもんですね」水曜(金曜)ロードショーの映画解説はこの有名な言葉で締めくくられる。水野晴郎さん逝去 「映画って本当にいいもんですね」の名文句で知られる映画評論家の水野晴郎さんが、10日肝不全のため都内の病院で死去。76歳、まだ若いですよね… ◆水野晴郎:岡山県高梁市で生まれ、家族と旧満州へ。戦後は故郷に引き揚げ、映画の大ファンになった。上京して映画配給会社に勤務し、ノルマンディー上陸作戦を描いたハリウッド大作「ザ・ロンゲスト・デイ」を「史上最大の作戦」の邦題で大ヒットさせるなど宣伝マンとして活躍。 日本テレビ系「水曜ロードショー」の解説を、1200編ほどこなした。同時に、映画監督としても有名で、「シベリア超特急」の製作は、まだ続いていた。〔引用:日経、毎日、yahooニュース、転用禁〕 昔は、DVDなんかあるわけないし、VTRも少ないから映画をTVで見るのは、ごく普通。 見逃したら、次にいつ見られるかわからないから見るほうも必死(笑) TVも、映画番組をたくさんやってました。だから、解説者も誰がやるか?が重要でした。 日曜洋画劇
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